学校のオンライン化が遅れている理由【論点の整理】

学校のオンライン化は塾や予備校などの民間企業に比べて遅れています。その理由を解説していきます。

 

民間企業はオンライン化している

塾や予備校などの民間企業は、コロナ対応も比較的迅速です。オンライン指導に素早く移行し、そのクオリティを上げるための改善がなされています。

【塾の先生向け】オンライン指導・授業は何から始めるべき?

 

また、保護者の中には学校のオンライン化を待てない人たちもいます。その人たちは民間のオンラインサービスを利用して、家庭で対策を打っています。

学校のオンライン化を待てない富裕層が、いま自宅で実践している教育法5つ(PRESIDENT WOMAN)

【オンライン教育】コーチングサービスが増えている理由

 

組織運営の方法の違い

学校のオンライン化が遅れている理由を論じる前に、ここで組織運営の型についての話をします。

IT企業でアプリやソフトウェアを開発する手法は2種類に分かれます。ウォーターフォール型とアジャイル型です。

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簡単に言い換えると以下のようになります。

POINT

ウォーターフォール型:着手前にしっかり計画を立てて進める

アジャイル型:試行錯誤して走りながら進める

この型が、各組織運営のあり方にも言えるのです。

今の変化の激しい新型コロナ時代においては、どの業種もアジャイル型でないと対応できないはずです。

しかし、学校組織はウォーターフォール型の運営方法です。

学校組織運営の視点

最近、学校のオンライン化についてFacebook上で議論になった投稿があります。

日野田氏の提言

武蔵野大学附属中学校・高等学校の日野田直彦校長の【ZOOMなどの生授業、やめませんか?】というタイトルの投稿(2020年4月10日)です。

全文は長いので割愛しますが、まとめると日野田氏は以下の3つの理由でオンラン授業には反対しています。

  1. インターネットの負荷が大きい
  2. 素人にオンライン授業は無理
  3. クラスごとにバラつきが出る

1については問題ありません。全国の教員が一斉にオンライン授業を配信したとしても、インターネット全体のわずかな負担にしかなりません。Classiなどの各民間サービスのサーバーの問題です。その心配をした上での提言でしょう。

2,3はまさに学校組織の構造を表しています。横並びで授業の質を合わせてから、生徒に授業を提供するというのです。まさにウォーターフォール型の運営です。

その上で、日野田氏はオンライン授業の代替案も提示しています。

  1. オンラインでの朝礼、終礼は行う
  2. 授業はスタディサプリなどの民間ツールを利用する
  3. 先生は質問対応や課題管理を行う

つまり、授業は先生ではなく民間サービスに任せて、先生は生徒の状態や学習管理を行うことを提言しています。これはティーチングからコーチングへのシフトを示唆しています。

【オンライン教育】コーチングサービスが増えている理由

【日野田氏の投稿の全文】

【ZOOMなどの生授業、やめませんか?】
~怒らないで下さい。最後まで読んでいただければ幸いです~

現在、ネット上では
「ZOOMによる生授業をどうするか?」
「私はこんな風にやっている!」
「こんなやり方をすればいい!」

というものが飛び交っています。
実は、私は大反対です。すぐにでもやめるべきです。
反発を受けることを理解した上で、社会全体への「貢献」を考え、提言したいと思います。

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理由は以下の3点です。
1、インターネット全体の負担が大きすぎる。
→1990年代末のMMORPGがはやった時と同じような
状況になっています。現にZOOMはビジー状態や
ハッキングの対象となり、Classiはシステムダウンが
続ています。
2、オンライン授業に慣れてない素人がいきなりするのは無理がある。
→心理的安全性や信頼関係ができていない中で、
リアルタイム授業はリスクが大きい。
3、リスクマネージメントが全くできていない。
→「隣のクラスの先生はやっているのに、うちのクラス
の先生はやってくれない」を解消していますか?

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いや、やることそのものに反対はしません。
ただ、世界の現状を見て下さい。

「学校」という枠組みがなく、個人で生授業を配信することは、Kahn Academyのスタートと同じですので、何ら否定しません。オンラインの授業を練習することは意味があると思いますし、新しい可能性が開花されるので本当に素晴らしいことだと思います。
ただ、それを「学校」という組織の中で「個人プレー」をすることがかなりリスキーであることに気づいていますか?個人プレーの先生が、学校全体にどれだけ大きな「悪影響」を及ぼすか?それは学校の先生を経験されたことがあれば、ご理解いただけると思います。学校はチームで動くものです。本当に大丈夫なのでしょうか?

また、生配信はインターネット回線全体をひっ迫させるので、極力避けるべきです。最も回線を使わなくてはならない、医療・光熱・交通インフラに優先的に回さなくてはなりません。生配信をして、自分の授業に酔っている先生方は、世界の迷惑になっているかもしれない、ということを常に認識すべきだと思います。

また、生徒がもつネット環境次第では、リアルタイム配信が全く機能しないこともあります。その点に対する配慮・対応は難しいと思います。

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上記の問題点3つを同時に解決する方法としては、本校で計画したやり方が一つの方法と思います。
1、朝礼・終礼はオンラインで実施し、顔を見て
孤独でない事を共有する。
→この時間帯だけリアルタイムオンライン対応をする。
2、既に精査されたオンラインコンテンツを視聴する。
→中高ならスタディサプリ、Classi、Kahn Academy、atama+など
大学ならMOOCsやedX、Couseraなど
3、先生はそのオンラインコンテンツの質問を受ける。
①まずは紙で提出(Google Drive, ロイロノートなど)
②赤入れを教員が行う
③それでも不足している場合はオンラインで
教員によるチューター制で対応する。

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本校もまだまだ足りぬところばかりですが、昨日教員向けの説明会を実施し、私から「今回のことは、全て世界でもまだやったことのないプロジェクトになります。最初はどれだけ綿密に準備をしてもうまくいかないところも出てきます。完璧を求めるのではなく、やってみて、フィードバックをもらい、改善できるところから改善する。そして生徒・保護者の皆さんと一緒に作る、というマインドを忘れないで下さい。また無理はしないで下さい。」と伝えました。

否定することなく、社会全体で問題解決する方法を考えていきましょう^^

皆様におかれましても、日々本当に不安な日が続いていますよね。
ご無理なさらぬよう、そして家族や大切な人を優先に考え、できるところから始めていきましょう!

日野田直彦校長のFacebook投稿より

 

佐藤氏の反論

日野田氏の投稿に反論したのが、デジタルハリウッド大学教授の佐藤昌宏氏です。

反論内容をまとめますと以下のようになります。

 

POINT

①(オンラインにおける教授法で)何がベストなのかは、教科や発達段階(年齢、学年)など教育シーンによって異なる。

②何がベストなのか試行錯誤しやすいのが生授業。

③先生の生授業の試行錯誤を止めてはいけない。

試行錯誤を重視するアジャイル型の考えです。

 

 

【全文】

親愛なる日野田先生へ
敢えて反論します(怒ってませんw)

生授業を止めてはいけないと思います。
ご指摘のやめるべき3つの理由は、主に、オンラインにおける教授法とインターネットなどのテクニカルな課題かと思います。

まず、オンラインにおける教授法ですが、主に3つあります。「ライブ配信型」「オンデマンド配信型」
「課題提出型」です。今回の生授業はライブ配信型にあたります。
御校での計画を拝見してもそうですが、最適な学習環境とは、これらのベストミックスになると思います。
何がベストなのかは、教科や発達段階(年齢、学年)など教育シーンによって異なります。例えば、初中等低学年などは学ぶ環境を作るという意味でライブ配信型の比率が多いほうが良い場合もあると思います。アフターコロナを考えると上記プラス、対面型の一斉授業を加えてどんな型が最適かを考えることになると思います。

そして、オンデマンド型ですが、例に挙げていただいているMOOCやコンテンツは素晴らしさものばかりですが、それ以外は残念ながら、まだまだ、教育課程とみなすべきデジタル教材が十分に整っていません。本来デジタル教科書が活躍すべきだと思うのですが、そのような話が全く聞こえてきません。それならば、指導要領に準拠したオンライン教材を国費で作っても良いのではとも思います。が、短期的には間に合いません。

そこで、まさにいま、課題意識を持ってできる先生方が試行錯誤をしているところだと思うのです。この試行錯誤がやりやすいのが生授業なんだと思います。子供たちを実験につかうなという声も聞こえてきそうですが、どうしたら子供たちに最良の教育を届けることができるかという観点では、授業内の試行錯誤と同じではないかと思います。これは、恐らく、個人プレーにみえることもあると思いますが、これを止めてはいけないように思います。

もうひとつのインターネットなどのテクニカルな問題ですが、ドイツにある世界最大のIX(インターネットの接続ポイント)もかつて無いトラフィックを記録しました。インターネットが社会インフラになってから、初めての経験です。このままでは確かにインターネットが逼迫するかもしれませんが、彼らも安定・安全なインターネットインフラを保証するために回線やシステムも増強すると言ってます。私達も電気が危機的な状況になれば「節電」をしたようにインターネットも上手に使うという発想になると思いますが、それ以前に、電気を使えない人が節電を考えることが無いように、まずは、インターネットを使うことから考えるくらいの、システム的余裕はあります。企業のシステムも、ZOOMもそうですが、Microsoft、Googleなど他にも選択肢はあります。

日野田先生もおっしゃっているように、そういった意味で私は、まずは使ってみることをお勧めしたいです。これまでの教育のあり方を見直すきっかけになるのではと思っています。
(長文失礼しました。言葉足らずでしたら申し訳ありません。)

佐藤氏のFacebook投稿より

 

知窓学舎・スタディオアフタモード代表の矢萩邦彦氏は、この二人の議論をまとめた上で、

私は、数年前から教育業界こそアジャイル化を進めるべきだという提言をし続けているが、今はまさにそのタイミングと言える。

と提言しています。

オンライン授業の是非を問う(1)学校現場の葛藤と最前線

 

学校組織のリスクを考慮した上で、アジャイル型で進める、というのが落とし所のように思えます。

現場の先生、生徒の感情

学校や塾の現場の先生のお話をお聞きすると、オンライン授業があると「安心する」そうです。先生は業務の大半を授業や授業準備に時間と労力をかけてやってきました。いきなりそれがなくなるのは精神的にきついとのことです。生徒もいつもの先生の顔を見られて安心するとのこと。

 

全ての授業をスタディサプリなどのサービスに代えるという提案を日野田氏はしていましたが、生徒の感情としては、誰だか分からないカリスマ講師の授業よりも、関係性のある先生の授業を好む生徒も一定数います。オンラインにおける心理的安全性を確保してあげることは重要です。

 

オンライン化の最適解はまだ見つからない

日野田氏同様にオンライン授業に踏み切れていない(踏み切らない)学校は少なくありません。通信設備環境の問題や、先生のクオリティの偏りへの懸念です。これが学校のオンライン化が遅れている原因です。

組織である以上はリスクヘッジをしなければなりませんが、このコロナの緊急時はアジャイル型で、試行錯誤しながら、走りながら打開していくことが必要です。

プロのカリスマ講師の動画を配信すればそれで大丈夫!という訳でもなさそうです。なぜなら、生徒の心理面の考慮や、学習のコーチングをすることも先生方に求められているからです。

オンライン授業における最適解を探す先生方の試みは、まだまだ続きそうです。